4K漂流記〜東京藝大における事例・第1回


 本稿は、2013年度に東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻において、筆者が携わった超高精細映像制作基盤整備事業に関するレポートです。この事業に関する記事は他誌で既刊されていますが、本稿では編集システムを中心に、その後の運用などを含めて解説していきます。

予算獲得までの道のり

 今回導入した機材は下記のものとなります。

  1. 撮影機材:ソニー CineAltaカメラ F65RS 2式
  2. 編集システム:ワークステーション(HP Z820) 1式、サーバー(ビジュアルグラフィックス Wired Server) 1式

 国立大学法人で、一定以上の値段の品を購入する際には、入札が必要になります。仕様書を作成し、官報に広告を出します。なお、その結果(契約日、相手方、金額)は後日に公開されます。

・東京藝術大学―情報公開
http://www.geidai.ac.jp/information/info_public/legal

・東京藝術大学―契約に係る情報の公表 物品役務等(競争入札)
http://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/07/b-nyu20140218.pdf

 仕様書の作成にあたっては『調達設備および構成内容』や『調達設備に備えるべき技術的用件』など、「◯◯をください」「◯◯をしたいです」という直接的な事柄のほかに「そもそも、なぜそれを欲しいと思ったのか」ということも記さなければなりません。以下は今回の『超高精細映像編集システム』の『調達の背景および目的』として書かれた一文からの抜粋です。

 

 20世紀後半からの映画のデジタル化は、当初はフィルム映像の代替品として歩みを進めてきたが、今や新たな局面に差し掛かっている。それは利便性、効率、柔軟さ、そして限りない伸びしろという、デジタル・テクノロジの特徴からきた自然な成り行きのように思える。
 かつて高画質を誇ったハイビジョン(1920×1080)は、既にありふれた存在となった。現在、映画制作や劇場の上映環境においてはDCI基準による4K解像度(4096×2160)が増加傾向にあり、わが国のテレビ放送においては8K解像度(7680×4320)スーパーハイビジョンについて2020年の普及が目標とされている。
<中略>
 これらの動向から、機材や方式の新規導入について、普及や陳腐化を待って実施するのが良いとする向きもあるが、テクノロジの進歩が本質的には漸進的なものである以上、将来的に生じる陳腐化によって運用実績が無意味化することはない。すなわち、機材や方式は2020年の映像を先取りするものとして、現時点における高性能のみならず、その運用によって獲得され蓄積されるであろう技能や経験知を含めて検討されなければならない。

 

 ふつうでしたら今回導入したような業務用機材は、まさに「業務」として営利目的で導入され、たとえば「100万円の投資によって、結果的に100万円を上回る利益が見込める」ということが導入の理由になると思います。

 一方、大学における調達は、そうした明快な経済的合理性(たとえば設備拡充による入学志願者数の増加など)のみならず、「教育の効果」や「研究の意義」といったものにも目を配った性格の、広い意味での公共投資として考えられます。

 上記の鯱張った文からは、時流に追いすがろうとする姿勢が見てとれます。ビデオαのような技術系情報誌を読まれる方々には、もしかするとご経験があるかもしれませんが、「最新テクノロジーを導入する理由は、それが最新テクノロジーだから」という説得は成り立ちません。

 また、芸術系の大学や学部の本業は工学的な研究開発ではありませんので、映像(映画)の表現という観点から「いままでそれでやってきたのに、なぜ去年まで使っていた機材や方式ではだめなのか。今年も来年も使えばいいじゃないか」ということになります。10年前に比べて映像機材の性能は格段に向上しています。しかし、たとえば解像度が4倍になったことと、映像作品としてよいことの間に正比例の関係は成立しません。往年の名作のリマスター版は素晴らしさを再認識させてくれますが、駄作が傑作になることはありません。

 映像の機材は往々にして高額で、予算的にもどうしても技術系に偏るため、「新しいもの好きの金食い虫」という反応は当然です。また、技術系の側でも映画フィルムでは耐久性やフォーマットの息の長さをアピールしています。

 「映画は常に最新の映像テクノロジーを採用すべきか?」というのは、実はよく考えてみると難問です。劇映画におけるフィルムを例に考えてみると、むしろフォーマットの固定化が内容や映画としての表現を育てたと見ることができます。
 その一方で、映画作品をつくりたいから映画装置(シネマトグラフ)をつくったのではなく、珍奇な発明品をどうにか使いこなして儲けようというところから映画史は始まりました。サイレントからトーキーになったときも、モノクロからカラーになったときも、フィルムからデジタルになったときも、映画の作り手たちはなんとか使いこなす努力をして、その結果として新しい方式に適した、新しい表現や手法を編み出してきました。

 筆者は、問題解決や理想実現のために新しいテクノロジーの開発や、既存の道具を適切に改良していくといった動きに興味を寄せながら、同時に、この「なんとか使いこなす」という点にも注目したいと考えています。先の引用文中では、最後の「運用によって獲得され蓄積されるであろう技能や経験知」というところです。

 今回は新しいものを導入したわけですが、本質的には新旧に関係なく、その人にとって未知の道具を使いこなそうとする過程にある、試行錯誤や訓練を通じて自分自身を道具に最適化するということは、実は創造性と非常に深く結びついているものだと考えています。

 2014年2月に実施された入試の実技試験では、35mmフィルム(400フィート)の編集が課題に出されました。おそらく国内はもとより海外でも珍しい試験課題だと思います。ことの性格上、詳細を明かすことはできませんが、これにもつながる考えです。

一番の悩みどころ〜導入機材検討の過程

 さて、本件の話に戻って、整備にあたってどのような検討をしたかについてです。


■撮影機材の選定
 超高精細映像の制作環境には、まずは撮影機材が必要です。超高精細(HD1080以上)の映画カメラということでは、2010年度からRED ONEを運用しています。その後継であるEPICの新型(DRAGON)は、カタログスペックはもとより、RED RAWは学内での運用実績があり、作業工程が安定しているという面でも有力な候補でした。ただ、検討した当時は発売時期があいまいでした。今回は平成25年度内(2014年3月末まで)に確実に納品されなければならないため、選外になりました。

 ほかにもいくつかの候補がありましたが、結果的にソニーのF65RSとなりました。なお、撮影現場用の4Kモニターは、フォーカス確認の必要性や演出上の利便性は認めつつも、予算的な理由から「必須ではない」と判断され、購入しませんでした。

 よって、コミュニケーションと担当者の責任感に基づく入念な準備と訓練が、技術的信頼性を担保するという、人間関係と個人の資質に大きく依存した、やや旧世代型の運用をするか、ダウンコンバートしてHDモニタで代用するか、ということになります。

■編集システムの選定
 つぎは、撮影されたF65RAWをどのように扱うかということです。映画専攻ではDCP、Blu-Ray、DVDを自家制作し、完成版としています。編集から完成までの道普請です。

 もちろん学内での運用実績はないため、調査をしました。ポスト・プロダクション関係者の方々にもお話をうかがうなどして、次の2点がわかりました。

1. コンピュータには高い処理能力が必要である
2. 保存するには大きなストレージが必要である

 まったく当然のことで想像の通りでしたが、現実的には大きな労力です。特に2番目の保存については厄介で、素材の詰まったHDDが山積みになっていくということになります。

 映画専攻ではデータ保存用に48Tバイトのサーバーを運用していましたが、すでに容量の限界に近づいていました。F65RAWでは1時間で約1Tバイトになります(F65RAW-SQ 24p)。映画専攻では短編・長編あわせて年間に十数本の実習制作があり、修了制作になると約2時間の作品が4本制作されます。NG率を(学生の実習としては)やや少なめの4倍と見積もっても、持ちこたえられません。

 また、1番目の高い処理能力の編集用コンピュータは、1台に複数のGPUを搭載することで実現可能でしたが、それを複数、学生の制作に十分な数を用意するだけの予算的な余裕はないように思われました。これらへの対応はいたってシンプルなもので『保存用には大容量サーバーを用意し、処理用には処理専用機を置き、両者と既存編集室を含めてネットワークでつなぐ』というものです。

 先述したように、現状でもRED ONEの運用がされているため、既存の編集室でも従来型のマスタリングであれば可能です。

この構成で重要なのは、ネットワークの速度です。既存の編集室は2008年と2009年に購入したMac Proです。こちらは〈処理済〉のデータを扱うので、1GbEでも事足りると思われました。しかし、その前の段階にあたるワークステーションとサーバー間は相当に高速でなくてはなりません。既存の48TバイトのサーバはXSANで、速度的には十分でした。ただ、非常に高価だったことと、当時は新型のMacProも発表前でしたので、XSANは見送りました。

 調査検討の末、InfiniBandを採用することにしました。InfiniBandも学内での運用実績がないため、躊躇もあったのですが、「むしろ運用の経験がないからこそ採用すべき」との意見もあり、採用にいたりました。

[第2回につづく]


馬場一幸

About 馬場一幸

1981年生まれ。大阪府池田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻を修了後、博士課程に進学。2010年退学。現在、同研究科助教。玉川大学非常勤講師。

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