ファイルベース時代に学ぶ ビデオ技術(基礎編)第3回 その1: ファイルベースフォーマットの概要
本連載では、新しいデジタル放送時代にマッチした映像理論・技術を、業界に仲間入りされた方に向けて発信していきます。
すでに経験をお持ちで、より深い知識をお求めの方は、兼六館出版株式会社より発刊されている月刊「放送技術」に掲載の、本連載をさらにプロ向けの内容にした「ファイルベース時代に学ぶビデオ技術(プロ編)」をご覧ください。
最新の掲載情報については、放送技術のFacebookにて御確認ください。
ファイルベースとはなにか
〜保守的なテレビ業界に射したITの光
ここ3〜4年、映像制作業界では「ファイルベース」という言葉が頻繁に使われるようになりました。ファイルベースとは、ビデオカメラで撮影する映像をコンピュータ用のファイルとして保存し、その後の編集処理でもPCを多用し、仕上げのマスター映像も映像ファイルとして生成して、なんらかのメディアに保存する制作形態を示します。一般家庭ではテレビの録画をHDDレコーダで行い、その後DVDやブルーレイ(BD)にコピーして保存するのが主流ですし、カメラで撮影した動画をPCやスマートフォンで加工して、ネットの動画サイトにアップすることが普通に行われている現状を考えると、「なにをいまさら?」と感じる方も多いかもしれません。
しかしながら映像制作の現場では、いまだにテープによる撮影・編集が主流を占めており、当然マスター映像も「完パケ(または完プロ)」として、テープに記録したものを納品するのが普通という状況があるのです。
その理由の1つは、プロビデオ業界で使用される機材が高額で、気軽に設備変更できない点にあります。たとえばテレビ局がニュース取材に使うENGカメラ(※1)は、本体がおおむね1台600万円〜であり、レンズも最低200万円、三脚は100万円近くします。編集はニュースやバラエティー番組の場合、複数台のVTRを接続してダビングするEED(※2)で行われますが、VTR1台の価格もカメラと同程度であり、その他に高価なスイッチャ(数千万円〜)やモニタ類、信号の変換機や分配器が多数必要で、編集室一式を作るのに1億円かかるといわれています。
このような高額の初期投資を行った事業体が、2年や3年で設備を更新するはずもなく、15〜20年間はそのまま使われることになります。現在主流のHDCAMによる取材・編集システムは、1997年頃から導入され、そろそろ更新の時期に入っているのですが、長引く不況でシステムの変更が進まないのが現状です。
そのためなのか、以前は「テープレス」と呼んでいたシステムを、数年前にメーカー側が「ファイルベース」と改称してイメージを一新し、さらにテープ系機器の新機種開発や既存機種のメンテナンスに関する打ち切りを表明しだしたのです。ここにきてテレビ局やその関連会社が、ようやく重い腰を上げてファイルベースシステムの導入を考え始めた、という流れになります。
もう1つの理由は、テープに対する絶対的な信頼と、ディスクやフラッシュメモリーに対する不安感、そしてワークフローを新規に構築し、それに伴う社員教育のやり直しをしなくてはならない面倒などから、現場サイドがファイルベースの受け入れにNOを出したことです。
テープメディアには70年前に記録されたものがいまだに劣化なく再生できるという、歴史に裏づけられた実績と信頼性がありますし、落下などの衝撃でも故障しにくい側面があります。これに対してファイルベースに使われるメディアは耐久性の面で実績に欠けます。たとえばHDDは落とせば壊れますし、数年の連続使用で故障するものです。光ディスクも数十年の耐久性があるかどうか、検証されていません。フラッシュメモリーに関しては、静電気が発生しただけでデータが消滅する恐れがあります。
テープ以外のこれらのメディアに記録されたデータの寿命はそれほど長くはないのですが、こうした部材がないと成り立たないIT業界では、データはいずれ消えることを前提にシステムやワークフロー、バックアップ体制が構築されています。しかし映像制作業界は最新のシステムや機能よりも、映像コンテンツそのものを大切に考えるため、耐久性に実績がないファイルベース用のメディアは異端視されてきたというわけです。
筆者の考えでは、以前からHDDに録画するような機器はありましたが、多くはPC系のメーカーが開発したもので、映像制作業界のルールに沿わないものが多かったり、ファームウェアの頻繁なアップなど、ユーザーにメンテナンスを強いる製品もあり、また操作方法がわかりづらかったりで、映像制作業界の習慣には合わないものが多かったと思います。近年、ファイルベース制作が受け入れられるようになった背景には、映像制作業界のことを熟知している映像機器メーカーが設計を行うようになり、使い勝手が向上したことが1つの要因ではないでしょうか。
※1:レコーダ部を持ち、肩に担いでスタンドアロンで撮影できるニュース取材用のカメラ。他にはレコーダ部を持たない紐付きのハンディーカメラ、テレビスタジオでペデスタルに乗せて使うスタンダードカメラ(デカカメ)、片手で持てるハンドヘルドカメラなどがある
※2:Electrical Edition(電子編集)の略。ノンリニア編集の登場以降はリニア編集とも呼ばれる。VTR登場以前に行われていたフィルムの切り貼り編集に対して使われるようになった
PCに使われる動画ファイル
〜ファイル単体で取り扱いが容易
PCに使われる動画ファイルには、マイクロソフト社が用意したAVIファイル(*.avi)やWindowsメディア(*.wmv)、アップル社がMacPC用に用意したクイックタイム(QT)ムービー(*.mov)、各規格団体が策定したRAW-DVファイル(*.dv)やMPEG2ファイル(*.m2ts)、MPEG4ファイル(*.mp4)、アドビ社が独自に開発したフラッシュビデオ(*.flv)などがよく知られているところです。
多くの場合、これらのファイルは単独で保存・再生されます。たとえばWindows PCの場合は、WMVファイルをダブルクリックするだけで、初めからOSに実装されているWindows Media Player が起動して再生されます。QTムービーの場合は、無償で提供されているWindows用のQuick Time Playerをダウンロードしてインストールすれば、視聴可能になります。同様にFLVファイルならフリーソフトのGOM Playerなどをインストールして視聴できます。ファイルの移動も自由に行えるので、目的別のフォルダを用意して整理するなど、文章用のTXTやDOCファイル、画像用のJPG(JPEG)ファイルなどと同じようにOS上で簡単に扱えるというわけです。
映像機器メーカーが考案した映像ファイル
〜複雑なディレクトリ構成で多機能を実現
これに対して、映像機器業界が考案した映像用のファイルは、少々複雑なディレクトリ構造をしています。たとえば広く普及しているDVDビデオは、図2に示すとおりルート上にある「VIDEO_TS」という特定の名称を持つフォルダに、各種のファイルが収納されています。DVDはMPEG2映像を記録しているといわれますが、MPEG2映像ファイルとして一般的な“mpg”や“m2ts”という拡張子ではなく、独自のVOBファイルとして保存されています。その他ディスクやメニューの構造を示すIFOファイルやBUPファイルというメタデータが、所定の様式で記述されてDVDビデオの形態を成しているのです。フォルダ名が1文字違ったり、収納されるフォルダが違うだけで、DVDプレーヤはそのディスクをDVDビデオとして認識できず、再生できないことになります。
このように複雑な構造をしているのは、メニュー画面を利用して見たいシーンにジャンプしたり、静止画を利用したスライドショーの再生、英語や日本語の字幕を任意に選んで表示できるなど、単体のファイルでは行えない付加機能を持たせるためです。IT業界の考える映像ファイルとは、少々目的と構造が異なることを理解してください。これと同じことが、HDカメラ用のフォーマットでも展開されているのです。
家庭用HDビデオカメラに使用されるフォーマットには、テープベースの「HDV」とファイルベースの「AVCHD」があり、業務用としても使える高画質であることから、それぞれ高度な機能を備えた業務用カメラが開発されて、現場でも使用されています。
※本連載は、昨年まで「デジタル時代に学ぶ〜ビデオ技術の基礎」として当サイトに掲載されていた連載記事を改題し、再構成したものです
[ファイルベース時代に学ぶ ビデオ技術(基礎編)]連載リスト
・第1回:映像が動いて見えるしくみ
・第2回:映像・音声信号の種類と伝送 その1 その2 その3
・第3回:ファイルベースフォーマットの概要 その1 その2 その3