爺の遺言〜「シネレンズ」シリーズテスト・第1回 : アンジェニュー Cマウント プライムレンズシリーズ
はじめに〜シネレンズをシリーズでテストする理由
写真界は相変わらず「オールドレンズブーム」のようですね。マイクロフォーサーズ(以下、M4/3)、E(NEX)マウントを初めとした、デジタルミラーレスカメラとマウントアダプターの発達によって、いまや「古い、新しい、メーカー、を問わずデジタルで使えないレンズはない」状況です。
写真を撮影するのであれば、3600万画素を超える超高精細カメラボディを使っても、新品、中古レンズを問わず自由に対応しています。逆に、古いレンズのほうが好ましい、とのご意見もあります。この事実は、「レンズは性能だけで語れない」ということを示しているのでしょうか。
デジタルの初期には「フィルム世代のレンズとデジタルの相性はどうなのか」という議論がカメラ雑誌を盛んに賑わせましたが、そんなことは遠の昔に忘れたかのようです。
静止画はもちろん、4Kの動画を撮影できるミラーレスカメラも発売されました。動画を撮影するにも、柔らかで味のある(言い換えれば性能が悪い)オールドレンズの描写に好感をもっているプロカメラマンや、撮影を志す学生も多いと聞いています。動画の場合、4Kであれば、「わずか850万画素」程度なので「どんなレンズでも対応できる」ということがいえるのでしょうか。
一般に、フィルムやセンサーのサイズが小さいほど、レンズには解像力、コントラスト、シャープネスといった性能が高く求められます。この基準からすると、35mm用より16mm用レンズのほうが高性能でなくてはなりません。実写してみると、どうなるでしょう。
また、「1本しか持っていないのに比較のしようがない」というご意見はもっともですが、レンズ選びにはシリーズの傾向を知らないと、性能の落ちた中古レンズを購入して後悔することになりかねません。
中古レンズにありがちな、レンズ表面の小さな傷、レンズを張り合わせるバルサムの劣化、レンズ内部の汚れによるフレア、カビ、レンズのガラスそのものの変色、小さなイメージサークルを逸脱して画質が悪化した部分などを「レンズの味」と称してありがたがるのは、趣味の範囲なら許されます。
何度も書いていますが、ある雑誌に載っている「シュナイダーブルー」という表現は、シリーズ全体に当てはまることではなく、特定の1本がさまざまな保存条件によって、ブルーに転ぶ発色をするという意味ですから、くれぐれも誤解のないように。
プロ、アマチュアを問わず需要が多いためか、16mmフィルムカメラ用のCマウントレンズ群も、程度の良いレンズが市場からなくなりつつあります。売り物が少ないので価格も落ち着いているようですが、10年程前には数千円でも売れなかった「アンジェニュー(Angenieux) 25mm F0.95」など、高値で固定されています(写真1)。Cマウント以外のシネレンズも、写真を撮影するアマチュア諸氏には「憧れのレンズ」なのでしょう。
フィルムでもデジタルでも「映画」を撮影する場合、ズームレンズが固定されたカメラを使う場合を除いて、数本から、作品によっては10本以上のレンズを交換して撮影します。これらのレンズの色味などの性能がバラバラだったら、デジタルならグレーディング、フィルムならタイミングに時間と費用がかかってしまいます。
動画を撮影するプロにとって「レンズとカメラはお金を稼ぐ道具」ですから、連続したカットの繋がりを分断する、最終的に調整作業を施しても修正できない色彩やシャープネスが違うレンズ、露出の間違い、ピンボケ、などのトラブルは、即、技術的に命取りになります。
そのように厳しいプロの要求から、映画を撮影するレンズは「新品の場合」、シリーズごとに統一された描写性能をもっていることが必須です。
下記のような世界のシネレンズメーカー、
・アンジェニュー[フランス]
・シュナイダー(Schneider)のシネクセノン(Cine-Xenon)[ドイツ]
・ツァイス(Zeiss)のプラナー(Planar)[ドイツ]
・アストロ(Astro)のタッカー(Tachar)[ドイツ]
・テイラーホブソン(Taylor & Hobson)のクック(Cooke)[イギリス]
・スイター(Switar)[スイス]
・コダック(Kodak)のシネエクター(Cine-Ektar)[アメリカ]
・ボシュ&ロム(Bausch & Lomb)のバルター(Baltar)[アメリカ]
・日本光学(Nikon)のシネニッコール(Cine-Nikkor)[日本]
・キヤノン(Canon)のK35[日本]
・フジ(Fuji)のシネフジノン(Cine-Fujinon)[日本]
などは、当初からさまざまな焦点距離の、名だたる銘玉をシリーズとしてそろえていました。
一方、爺が保存しているシネレンズ群のマウントは、Cマウント、アイモ(Eyemo)マウント、ミッチェル(Mitchell)マウント、アリフレックス(Arriflex)スタンダードマウント、アリフレックスバヨネットマウント、ミッチェルBNCマウントです(写真2)。
他にカメフレックス(Cameflex)、パナビジョン(Panavision)などの特殊なマウント、現代のシネレンズの標準ともいえるアリフレックスPLマウントのレンズ群もありますが、爺はもっていません。
電子版は、書籍に比べてカラー写真を制限なく使えますし、印刷で再現できない範囲の微妙な色彩が、より正確に観察できます。読者のみなさんがご覧になるモニターの色はメーカーや個人の好みの調整によって違いますが、テストするレンズで撮影した静止画をシリーズで並べれば色再現の傾向は判断できますし、拡大表示すればピントの尖鋭度もチェックできます。
そんな理由で、爺が動態保存している約200本のシネレンズを、メーカーのシリーズ別に紹介していくことにしました。
シネレンズシリーズのテストにあたり前提条件を設定
これから、さまざまなメーカーのシネレンズシリーズをテストしていくにあたって、相対的に比較できるように、基準とするレンズや撮影方法、環境、被写体など、以下の10項目を前提条件として設定しました。
1)カメラは「パナソニックDMC-GH1」と「ソニーNEX-7」を使用
16mm用レンズ(10.05×7.42mmをカバー)のテストにはM4/3センサー(17.3×13mm)のミラーレス一眼「パナソニックDMC-GH1」を使います(写真3)。16mm用レンズの小さなイメージサークルの影響を少なくするためです。
すでに最新型DMC-GH4が発売されていますが、爺は所有していないのでご勘弁。DMC-GH1にはほとんどのレンズがM4/3マウントアダプターで装着できます。
そして、35mmスタンダード用レンズ(22×16mmをカバー)のテストには、APS-Cセンサー(23.5×15.6mm)のソニーNEX-7を使います(写真4)。NEX-7も旧型ですが、レンズの傾向を見るには支障ありません。NEX-7にもE(NEX)マウントアダプターでほとんどのレンズが装着できます。
2)基準レンズは「ニッコール50mm F1.4」を使用
基準にするレンズは、マニュアルフォーカス、マニュアル絞りの「ニッコール(Nikkor)50mm F1.4[No.5778278]」で、RJ製のニコン−M4/3とニコン−NEX(E)アダプターを使って撮影します。最新型のニッコールではありませんが、「日本を代表する標準レンズ」ともいえる危なげない描写で、ピントの切れ、ニュートラルな色彩、ディストーションのなさなど、申し分ありません。このレンズと比較して、各種シネレンズを見てください。
3)露出計の指示から1/3絞りアンダーで撮影
露出の基準は、爺の好みで露出計の指示から1/3絞りアンダーで撮影し、黒を少々締めます。
4)天候はシリーズごとに統一
天候はシリーズごとに統一し、晴天なら晴天で通し、曇天なら曇天で通します。ホワイトバランスは、カメラの晴天、曇天、日陰など、カメラに内蔵されたマークの指示で決めます。
5)被写体は色再現の観察に適した風景
被写体はレンズの色再現を観察するのに適した、日常に見るRGBを含んだ風景です。
6)照明はしない
照明はしません。ハイライトの飛び方、暗部のしまり方を見てください。飛び過ぎ、落ち過ぎが気に入らなければ、その被写体を照明で整えるのが基本です。これはフィルムでもデジタルでも同じで、カメラのダイナミックレンジには頼りません。
7)ハレーションは切る
ハレーションは、かならず切ります。レンズを正面から見て、レンズ面に当たっている光線はフレアやゴーストを発生させ、レンズ本来の性能を発揮できません。カメラ後方から光が当たる順光では問題になりませんが、光がカメラ前方から来る逆光では入念に切ります。
8)絞り開放では撮影しない
特徴のある明るいレンズで参考にする以外は、絞り開放では撮影しません。映画フィルムの場合、最大、ネガ面積の30万倍まで拡大して上映することを想定します。√300000で、幅約550倍です。16mmスタンダード(10.05×7.42mm)では、幅約5.5mまで。35mmスタンダード(22×16mm)では、幅約12mまで拡大可能です。
ここまで拡大すると、レンズの弱点は一目でわかってしまいます。それを避けるために、F4〜11のレンズにとって「一番おいしい絞り」で撮影します。
また、動画では被写界深度を充分に深くして、フォーカス送りを確実にするためにも、きちんとレンズを絞ります。今回のテストも、この範囲の絞りを選んで統一します。
9)フィルターは使いません
10)かならず三脚に乗せて画ブレを抑えます
以上の条件でテストします。読者のみなさんが使うデジタルカメラのエンジンによって、色やシャープネスなどの味付けが違い、でき上がった映像の質が違うのが当然ですので「自分のカメラで撮影させろ」というお申し出は歓迎です。
同じレンズでも経年変化や保存状態で色やフレアの出方が違う
さて、テストを進めていく前に、経年変化や保存状態によって、同じレンズでも色やフレアの出方が違うという、具体的な例を紹介します。
以下のスピードパンクロ(35mm用)とシネゴン(16mm用)は、両方ともDMC-GH1にHAWK’S Factory製のアリフレックス−M4/3アダプターを取り付けて撮影し、同じカメラで傾向を見ています。
■クック スピードパンクロ(Speed Panchro)の色の違い
主にアリフレックスマウントで使われた、クックの各種パンクロシリーズは、1970〜80年代に世界で使われた銘レンズ群で、35mmスタンダードをカバーします。
爺は、スピードパンクロの18、25、32、40、50、75mm。望遠レンズのディープフィールドパンクロ(Deep Field Panchro)100mm、テレパンクロ(Tele Panchro)152mm、317mmを保有しています。16mm用はキネタール(Kinetal)といい、同じメーカーでも35mm用と16mm用で、性能が違うのでしょうか。
クックのレンズ群は古くなると、レンズのガラス材そのものか、バルサムの劣化が原因かは判然としませんが、黄色く着色して行く傾向にあります。
写真5は、基準レンズとしたニッコール 50mm F1.4[No.5778278]で撮影したものです。ここで、32mm F2 SER.Ⅱ[No.536664]の色を見てください。明らかに黄色に偏っているのがわかります(写真6)。
もう1本、32mm F2 SER.Ⅱ[No.773502]は、ニッコールに対して、ほとんど同じ発色になっていることがわかります(写真7)。デジタルでは最終的に色彩を調整すれば2本とも同じように仕上げることは可能だと思いますが、なにもしなければ明らかに違うレンズに見えます。
■シネゴンのフレアの違い
シュナイダーのシネレンズは、レトロフォーカスタイプで設計されたワイドレンズのシネゴン(Cinegon)と、ガウスタイプのシネクセノン(Cine-Xenon)、テッサータイプで望遠レンズ系の(Tele-Xenar)があります。英語では「ゼノン」や「ゼナー」と発音すべきでしょうが、日本で一般的なクセノン、クセナーで表記します。
写真用レンズでは、スーパーアンギュロン(Super Angulon)、クセナー、クセノタール(Xenotar)、クセノンの銘シリーズはよく知られています。最新のPLマウントシリーズはシネゼナー(Cine-Xenar)で統一されています。
というわけで、16mmスタンダード用シネゴン10mm F1.8を数本撮影してみると、明らかにフレアの出方が違う1本が混じっています(写真8〜11)。写真10の[No.10113638]をF2.8の絞りで撮影したカットは、他のカットに比べて明らかにフレアが多くなっています。
同じレンズを、F5.6に絞ると、フレアの影響は少なります(写真12、13)。2本のレンズナンバーから推測すると、ほとんど同じ時期に製造されていますが、保存の状態や酷使のされ方で、写り方の違いがご理解いただけると思います。
個々の1本だけ使う静止画の場合は実用に支障ありませんが、シリーズで使うと明らかに他のレンズとは違っていますから、修理不能なら寿命と判断されて廃棄処分です。シュナイダーのシリーズは16mm用と35mm用で名称の区別はありません。
シネ用のレンズは、組み立て精度を保つために後群のレンズをカシメている場合があります。このようなレンズは分解できない構造のため、清掃も修理もできません。
また、アリフレックスマウントの16mm用ワイドレンズは、どのメーカーの製品でもマウント内部に入り込む部分が長く、35mmアリフレックスカメラの回転ミラーに当たってしまうため、取り付かない構造になっています。逆に35mm用のレンズは16mmカメラに使っても差支えありません。マウントアダプターを使う場合、この制限はありませんが、16mm用のワイドレンズはイメージサークルが小さく、M4/3センサーでも、四隅が暗くなります。
アンジェニューCマウント プライムレンズシリーズ」テスト
さて、第1回は、アンジェニューの16mmフィルム用Cマウントレンズです。インターネットで検索すると、アンジェニューCマウントのプライムレンズシリーズは、
・5.9mm F1.8
・10mm F1.8[No.1266551](1968年製)
・12.5mm F1.8
・15mmF1.3
・25mm F0.95[No.626063](1958年製)
・25mm F1.4[No.1222394](1968年製)
・50mm F1.5[No.1067422](1963年製)
・75mm F2.5[No.666351](1959年製)
・100mm F2.5
・150mm F2.7
が存在しているようですが、赤文字にした手持ちの5本をテストしてみました(写真14)。
Cマウントは16mm用なのでDMC-GH1で撮影しました。5.9mmも持っていますがアリフレックスマウントなので、別にワイドレンズ特集で紹介します。
このアンジェニューCマウントのプライムレンズシリーズは、フランス製で、2015年現在、製造後47年から57年を経過したレンズであることがわかります。
デザインはシルバーを基調に統一されています。レンズごとに開放F値が違っているのは、カメラの3本ターレットマウントの直径に収まるように、太さを制限するためのようです。その範囲で、できるだけ明るいレンズを設計したのでしょう。赤の背景で撮影するとシルバーとマッチして非常に豪華な雰囲気になり、所有欲を刺激します。
改めてニッコールの画面を見てください(写真15)。椅子の濃い赤、警備会社のマークの赤、一方通行の標識の青、樹木の葉の緑、曇天の空を拾ったフレア、塀のグレー、白の飛び方、黒の潰れ方などをアンジェニューと比較してください。このカットを含め、曇天で撮影しています。
■10mm F1.8[No.1266551]
このレンズはフォーカスリングがない固定焦点レンズですから、F5.6程度に絞ってパンフォーカスにして、ノーファインダーで現場へ突っ込んで行く報道カメラマンの撮影スタイルが似合います。
テスト撮影に当たっては、C−M4/3マウントアダプターを使い、Cマウントのネジを利用して、レンズを回転し近距離にピントを合わせています。イメージサークルは小さく、M4/3センサーをカバーしませんが、画面中心は非常にシャープです(写真16)。
■25mm F1.4[No.1222394]
ニッコールと比べても破綻のない優れた描写です。M4/3センサーでは四隅が僅かに暗くなります(写真17)。F1.4で撮影すると明らかに甘い描写です。こちらにシビれるカメラマンも多いことでしょう(写真18)。
■25mm F0.95[No.626063]
写真17(25mm F1.4)と比較しても遜色ない描写です。開放F値は極限まで明るいですが、絞れば卓抜した性能を発揮します。四隅は25mm F1.4に比べて広い範囲で暗くなっていて、イメージサークルが小さいことがわかります(写真19)。
F0.95での撮影では写真18よりさらに甘く、フレアが多く、夢の中のような描写です。これを美しいと感じるカメラマンが多いからこそ、高値で推移しているのでしょう(写真20)。
■50mm F1.5[No.1067422]
ニッコールと遜色ない整った描写です。これならどんな条件でも安心して使えます。M4/3センサーを完全にカバーします(写真21)。
F1.5の撮影では、甘い描写ながら、女性のポートレートでは25mmより焦点距離が長い分、自然なパースペクティブで良い雰囲気になるでしょう(写真22)。
■75mm F2.5[No.666351]
まったく破綻のない描写です(写真23)。F2.5開放で撮影してもほとんど変わりません。50mm以上、標準系や長焦点系のレンズは広角系に比べて設計が手馴れていて、性能が優れていることがわかります。
このように安定した性能をもつレンズ群を「面白味がない」「味がない」と評価するのはシリーズで考えると間違いで、「使って安心」というのが正しい評価です。
爺は、アリフレック16STのサブカメラとして、フィルモ70DRの3本ターレットに10、25、75mmを装着して使っていました(写真24)。使用目的がサブに限定されていたので、この3本以外のレンズは社内で見たことがありませんでしたし、50mmは、鏡胴が太いためターレットマウントに1本しか取りつけられず、その上高価だったのか、会社のレンズラインアップにはありませんでした。
今回のテストでは、建物の塀を見るとはっきりわかりますが、ニッコールに比べて、アンジェニューCマウントシリーズは5本とも、わずかにセピア系に偏った色調に統一されています。爺が若いころ使った経験では、特にセピア系の色調を意識したことはありませんでした。デジタルカメラのセンサーが鋭敏に反応したとも、長期保存による経年変化でセピアに変色したとも考えられます。
それとも、5本とも同じような傾向が見られるとすると、フランス人好みの渋い茶色系統の色彩、緯度の高いヨーロッパの斜光を表現するには、このような味付けが必要だったのでしょうか。
爺の、この解釈が正しいとすれば、アンジェニューのレンズ群は、ドイツ製のシュナイダーやツァイスのレンズとは明らかに異なった傾向で、「模倣の嫌いなフランス人の芸術的な色彩感覚が育てた逸品」と言えましょう。