爺の遺言〜「シネレンズ」シリーズテスト・第6回 : シネフジノンと国産のレンズ


フジノン(FUJINON)

 爺は1967年(昭和42年)4月、神奈川県日吉の「東京綜合写真専門学校」の報道写真科へ入学しました。1年生の授業で「レンズはなにを使ったらよいか」と学生が質問したとき、松田静夫講師(確かではありません…)が、「報道写真ならフジノン35mm F2が使いやすい」と言ったのを覚えています。

 1954年に発売されたフジノン35mm F2と50mm F1.2、1956年に発売された100mm F2は、高価で高性能のライカLマウントのハイスピードレンズトリオとして、学生憧れのレンズでした。

 報道写真を志す爺たちは、ニッコール35mm F1.8、キヤノン35mm F2、フジノン35mm F2を比較検討して、自分の好みのレンズをキヤノンのレンジファインダーカメラに装着して使ったものでした。ちなみに爺は、キャノン7(キャノン7Dではありません)にキャノン35mm F2の組み合わせでした。

コーワ プロミナー(KOWA PROMINAR)

 興和光学は言わずと知れた、アナモフィックレンズの老舗です。現在でもナックレンタルの旧型プロミナーアナモセットはPLマウントに改造され、ALEXA XT(4:3)と組み合わせて、レンタルの人気レンズになっています。

 映画、写真の両分野で確固たる地位を保っていたコーワが、満を持して発売したのが、テストする3本のプロミナーシリーズです(写真1)。スチル用のレンズとして発売されましたが、ギアを組み込んで、フォローフォーカスが使えるシネレンズ型のシリーズも併売しています。また、近い将来、世界があっと驚くアイディアのレンズがコーワから発表されると聞いています。

フォクトレンデル(VOIGTLÄNDER)

 コシナがフォクトレンデルのブランドを買収して、同ブランドのライカLマウントの新レンズシリーズを発売して以来、ツァイスのOEMレンズも生産するようになりました。  
 シュナイダーとツァイス、これまで本コラムではドイツの2大レンズメーカーのシネレンズを紹介しましたので、名門フォクトレンデルも外すことはできません。

 爺は、35mmスチルカメラ、ビテッサ(Vitessa)のウルトロン(Ultron)50mm F2と、プロミネント(Prominent)のノクトン(Nocton)50mm F1.5を使っていますが、どちらも豊かな描写力をもった魅力溢れるレンズです(写真2)

 古い歴史を誇るレンズメーカーですが、シネレンズのシリーズは見当たりません。フォクトレンデルレンズを動画に使うには、スチル用のレンズ群を活用するしか、方法がなさそうです。

 今回は、旧型に属するフジノンと、最新技術で開発されたコーワとフォクトレンデルがどのような性能を示すのか、を比較テストします。

撮影

 撮影日は2015年10月12日。快晴でしたが、主要な被写体が日陰なので、ホワイトバランスは晴天日陰です。感度はISO 100。絞りは全レンズF5.6。例によって適正絞り表示より1/3絞り絞っています。
 そのほかの詳しいテスト条件は、第1回目に掲載したテストの前提条件をご参照ください。

 基準にしている、いつものニッコール50mm F1.4は、ソニーNEX-7とパナソニックLUMIX GH1で撮影しました。

■シネフジノン(Cine-Fujnon)
 テストしたシネフジノンは、25mm、35mm、50mm、75mmの4本(写真3)。開放F値はすべてF2に統一されています。旧日本シネセル株式会社関西支社から、3本ターレットのアイモに付属して寄贈されました。

 この4本はアイモマウントなので(写真4)、アイモ−Eマウントアダプターを使って(写真5)、ソニーNEX-7で撮影しました(写真6)。正確な製造年は不明ですが、爺が入社した1970年から推定すると、1960年代のようです。

 シネフジノンは、NEX-7のファインダーで画面を見ると、4本ともギョッとするほど黄色に着色しています。ところが実写してみると、ニッコールと比べても4本とも違いは感じられません(写真7〜11)。クックの黄色とは明らかに違い、日本人の肌色に合わせてわずかに補正しているのかもしれません。
 また絞り羽根は、どのレンズも円形に近く絞れる枚数を組み込んでいます。

 12日に撮影した結果では、75mmだけがフレアが多く、F5.6でも改善されませんでした。レンズ自体は白濁していないので、詳しく観察すると、鏡胴の内部は黒のアルマイト加工が施されていますが、派手な内面反射が見えました。
 そこで、ファインシャットSPという優れた反射防止材を鏡胴の内部に貼り付けて(写真12)、13日に再撮影したところ、非常にクリアーになり(写真13)、4本とも見事にそろった描写になりました。1960年代でも、プロが使うシネレンズは、シリーズとして統一された性能を目指していたことが推定できます。

 ここで疑問なのは、製造時に内面反射防止対策をしていないフレアの多い状態のレンズを、どうやって使っていたか、ということです。もっとも、アイモはレフレックスファインダーではないので、望遠系の75mmは目測でピントを合わせるのが困難なため、25mm、35mm、50mmでセットを組んでいたのかもしれません。
 古いレンズは現代の材料できちんと補正すれば、往年以上の性能を発揮する場合がある、という好例です。

■コーワ プロミナー
 コーワ プロミナーはマイクロフォーサーズ(以下、M4/3)マウントなので、パナソニックLUMIX GH1へダイレクトに装着でき、しっくりと馴染みます(写真14)。8.5mm F2.8、12mm F1.8、25mm F1.8の3本がラインナップされていて、現行品ですから新品が買えます。

 超ワイドの8.5mmの画面を見ると、ディストーションが非常に少ない優秀なレンズです。M4/3の小さなセンサーでも超ワイド撮影を目指して、このジャンルの盲点を突いたレンズとして、貴重な存在です。
 12mm、25mmは、非常に素直な描写で好感がもてます。クックのワイドのように、わずかにディストーションはありますが、手堅いレンズという評価が正しいでしょう(写真15〜18)

 3本ともレンズの構成枚数が非常に多く、製造コストと価格のバランスを逸脱しているのではないかと、心配になります。8.5mm、12mmはツァイスのディスタゴンを連想させるほど、ずっしりとガラスの詰まったレンズです。
 絞り羽根は9枚で統一され、ボケにも気を使っていることがわかります。色彩の統一、ピントの切れは3本とも申し分ありません。理由はわかりませんが、GH1の明るめの描写を抑制するように、爺好みの落ち着いた露出になりました。

 東京藝大の卒業生O君が、Blackmagic Cinema Cameraで、この3本を使って劇映画を1本撮影しましたが、性能と取り回しの良さを絶賛しています。

■フォクトレンデル
 テストしたフォクトレンデルは7本。15mm F4.5、21mm F4、25mm F4、28mm F1.9、35mm F1.7、50mm F1.5、75mm F2.5。7本並べると、どれもコンパクトで、持ち運びが苦になりません(写真19)

 7本ともフィルム写真用のライカLマウントで、GH1にライカL−M4/3マウントアダプターを装着して撮影しています(写真20、21)
 また、ライカ判をカバーしますから、M4/3ではイメージサークルの中心部を使うことになり、画質には有利に働きます。露出は、GH1固有の明るめの画面を抑制したプロミナーよりは明るくなりますが、ニッコールほどではありません。

 シネフジノン、プロミナーに比べて、ファインダーで拡大フォーカスして観察すると、細い線が微妙にピント外れに見えました。マウントアダプターをチェックしても改善されないので実写して見ると、問題なくシャープです。もしかすると、GH1のファインダー精度を超える解像度をもっているのかもしれません(写真22〜28)

 15mm、21mm、25mmのワイド系は暗い開放F値ですが、カメラの感度を上げれば絞り込めますし、広大な風景を撮影する場合にはISO 100程度でも問題ありません。

 コシナは、「ワイドレンズは絞ってパンフォーカスで使うことを前提」に、性能を保ちながら価格をリーズナブルに抑えるために、開放F値を選んでいるのでしょう。ちなみに、12mm F5.6というライカ判としては極限のワイドレンズも発売しています。

 絞り羽根は10枚で統一されていて、シネレンズシリーズと言っても通用するでしょう。色彩やピントの切れは、個別に評価する必要がないくらい統一されて安定した性能です。

 爺が動画用に使うとすれば、フルサイズセンサーのカメラ、たとえばソニーα7シリーズに28mm、35mm、50mm、75mmの4本をメインレンズとして考えます。ほとんどの被写体はこの4本でまかなえますし、α7に小型のレンズが装着された姿は威圧感がありませんから、人物撮影も自然な姿で撮影できます。

 爺は、このレンズ群とライカLマウントに改造したアイモで、白黒のフィルム動画を撮影した経験がありますが、70mm 8Pにブローアップして幅23mのドームへ映写しても素晴らしい切れ味でした。

 また、川へ飛び込む子供たちの水中撮影や、ラジコンヘリで風力発電風車の航空撮影をしましたが、抜けるような青空と白い風車の描写はツァイスレンズと比べても遜色ありませんでした。これらの経験からすると、デジタルでも素晴らしい映像が得られることでしょう。

 
 国産の旧型シネレンズシリーズは、35mm用ではテストしたシネフジノン、キャノンのK-35、16mm Cマウントのシネニッコール、同キノタールが知られているほか、8mm Dマウントの多彩なレンズが供給されていました。現行品ではキャノンEFシリーズが販売されています。
 デジタル動画カメラが隆盛を迎えた現在、優秀で安価な国産レンズ群は、4Kや8Kの高精細動画を撮影する上でも貴重な戦力になることでしょう。
 ツァイスやクックだけがシネレンズではありませんぞ。
 
 次回は、アメリカ製のバルター(Baltar)です。


荒木 泰晴

About 荒木 泰晴

 1948年9月30日生まれ。株式会社バンリ代表取締役を務める映像制作プロデューサー。16mmフィルム トライアル ルーム代表ほか、日本映画テレビ技術協会評議員も務める。東京綜合写真専門学校報道写真科卒。つくば国際科学技術博覧会「EXPO’85」を初め、数多くの博覧会、科学館、展示館などの大型映像を手掛ける。近年では自主制作「オーロラ4K 3D取材」において、カメラ間隔30mでのオーロラ3D撮影実証テストなども行う。

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