爺の遺言〜「シネレンズ」シリーズテスト・第8回 : 50mmレンズを横断する


最も好きなレンズ

 京都在住のSカメラマンから「泰晴先生(彼は爺を先生と呼びます)は、どのレンズが一番好きですか」と質問されました。

 好みとは違いますが、最も信頼しているレンズなら「ニッコールAI」です。マニュアルフォーカスでクリックストップ付き絞りリングがついています。ニッコールAIは「どのレンズも安定した性能、確実にピント合わせができ、確実に絞れ、壊れない、安い」のですから、現在のオートフォーカスレンズでは置き換えられません。

 爺はドキュメンタリーのカメラマンです。撮影の作法は「絞り込んでパンフォーカスにする」「フォーカスや絞りを送るならカットを割る」「ズームやパンはほとんどしない」「無理と思えば方法を変える」ことを師匠の故伊藤三千雄カメラマンから叩き込まれています。

 伊藤師匠は「俺が撮るんだ。カメラやレンズはどれでもいい」という豪快な人で、爺が最も尊敬し、影響を受けたカメラマンです。代表作は1967年「特別天然記念物ライチョウ」。日本のドキュメンタリー関係の賞を総なめにした35mm映画です。

 爺が驚嘆したのは、どこへ飛ぶか分からないライチョウを、アリフレックス35、タクマー500mmを使って、ピントをフォローしながら画面のセンターに正確に捉え続けた、長いカットです。500mmで小さな被写体を撮影することは、フレームの中に入れることも困難ですが、見事なカットになっています。

 ドキュメンタリーの場合、劇映画と違って「もう一度」はありませんから、最も確実な手法を選ばないと、事象を撮り逃がすことになります。

 劇映画を学ぶ藝大映画研究科の学生を見ていると、やたらに絞りを開けて、バストサイズでフォーカスを送りたがる傾向にあります。50mm以上のレンズ、絞りF2.8でバストサイズカットを確実にフォーカス送りができるなら「プロとして飯が食える」のですが、案の定NGを山のようにつくっています。

 「君の技術を超えたことを試すのは、本番ではやめたら」と言っても馬耳東風です。ピントを外したら、どんなに高性能のレンズを使っても無駄です。最近のデジタルカメラマンも同じことをやっていませんか。レンズに頼るより技術を磨く方が先だ、と爺は思いますが。

シネレンズとスチル用レンズの違い

 インターネット上では、シネレンズとスチル用のレンズの違いに付いてさまざまな書き込みが見られます。大半は「シネレンズはスチル用のレンズと比べて、解像力、コントラスト、ピントの切れなど格段の性能をもつ特別な存在である。ボケも美しい」などと、書いてあります。爺も若いころは「そんなものかなあ」と思っていました。

 シネレンズは高価なこともあって、爺の会社でも気軽に更新できませんでした。ある時、老朽化したアリフレックス35 II Bを再生させるために、レンズマウントそのものをニコンに交換し、スチル用のニッコールレンズを使い始めたところ、クックやシュナイダーとまったく遜色ありませんでした(写真1)


 その後、ビスタビジョンカメラ(現在のフルサイズセンサーと同じ大きさのフィルムを毎秒24コマで駆動)を開発しましたが、ニコンマウント、単焦点レンズはニッコールAIシリーズ。ズームはニッコール50〜300mm、タムロン28〜200mmです。

 北海道をテーマにした「カムイモシリ」という作品で、層雲峡の滝をズームバックしたカットにタムロンを使いました。ビスタビジョンから70mm 15P(アイマックスサイズ)にブローアップしてプリントを作成。1995年11月、所沢航空記念館で開催した「第2回 大映像シンポジウム」で、幅20mのスクリーンに上映しました。

 「このズームレンズはツァイスに特注したもので、¥2000万かかった」と説明したところ、参加したプロのカメラマンを初め、大型映像の関係者から「さすがに素晴らしい切れ味」と絶賛されたことを覚えています。当時、タムロンは¥5万強の価格で、F11に絞って撮影しただけです。高価なレンズと安価なレンズの違いをだれ1人として指摘できないのですから、プロにとって、レンズの評価ほど当てにならないことはありません。

 とはいえ、アマチュア向けのレンズ評論家の仕事を否定するつもりはありません。「レンズを語る記事を抜きにしてカメラ雑誌は成り立たない」ことは、爺も承知しています。

 爺が保有するアイマックスサイズを撮影するMSM9801カメラは「ペンタックス6×7」マウントで、タクマーレンズを無改造で使用します。MSMをアメリカで受領したときにテスト撮影したラッシュプリントを所沢航空記念館で見た、旭光学光学研究部取締役部長(当時)小川良太氏は、「自社のレンズが動画に使われ、幅20mに拡大できるとは思ってもみなかった」と感想を述べていました。

 試写の間に行われた、小川氏とニコンカメラ販売企画本部部長(当時)内田勲氏を講師に招いたレンズに関する講演では、「シネレンズとスチルレンズの設計に違いはない。その製造会社によって、解像力重視かコントラスト重視か、の特徴があるくらいだ」と、内田氏。

 ご本家のアイマックスカメラはハッセルブラッドのツァイスシリーズを改造して使っていますし、アレクサ65のレンズもハッセルブラッド、ペンタコン、マミヤの大型スチル用レンズを改造して使っています。これらのスチル用レンズはシネレンズに比べて、レンズ本体は一桁または二桁安い価格です。

 では、なぜインターネット上で「迷信」がはびこっているのでしょうか。
 爺は、「シネレンズシリーズを動画で使ったことがない部外者が書いている」としか思えません。

 映像のプロの立場から考えると、アマチュア諸氏との顕著な違いは、レンズの違いではなく、「ライティング」です。スタジオ照明では、色彩や照明比を自由にコントロールしますし、自然を撮影する時も常に意識して、最良の状態の光を待ち、最良の時間帯に撮影するのが基本です。そのようなカットの連続でシーンを構成するのですから、趣味の画面と違っていなければ、職業としてお金を稼ぐことはできません。

 信頼の置けるレンズを自分で選択し、適正な絞りで最良のピントを確保した上で露出を間違わない、ハレーションをきちんと切る、がっちりした三脚を使う、など、アマチュア諸氏が面倒だと思っていることをルーティンとして実行し、「悪い条件でも最良の画をつくり上げる」のが、プロと言われる所以です。

 これらの原則を守れば、シネレンズもスチルレンズも違いがわかるはずがありません。静止画と違って、動画は撮影された画面の中に何らかの動きがあります。そこにビシッとピントが合っていれば、観客は集中して見ています。「観客を引き付ける画づくりを知っているのがプロ」とも言い換えられます。

 高価で大型のシネレンズは、「クライアントにハッタリをかましてアピールするため」「カメラマンが偉そうに見えるため」使うことはよくありますが、レンズの性能とは何の関係もありません。

シネレンズの製造本数

 シネレンズが高価になる原因は、製造本数が少ないことです。スチル用の定番レンズは1年で数万本製造されるのは当たり前ですが、シネレンズの筆頭、ツァイスのプライムレンズは労働単価が高いドイツでも手作りですから、年産2000本がせいぜいで、高価になるのは避けられません。

 「高いレンズなら性能が良くて当たり前」です。それを保証するために、「全数検査」を誇らしげに謳っていますが、「全数検査できてしまうほどの本数しか製造できない」のも現実です。また、各社のPLマウントレンズシリーズには存在しない、超望遠などの特殊なレンズは、ハリウッドでもスチル用のレンズを改造して使っています。

 ナックイメージテクノロジーの情報では、「日本のツァイスレンズの輸入量は年間100本程度で、世界シェアの5%と言われている。逆算すると世界への供給量は2000本前後。プライムレンズは1本200万円強なので、6本セットだと1500万円あれば購入できる」とのこと。個人で所有できる金額ではなく、レンタルハウスやプロダクションが導入することになり、限られた本数しか流通しません。
 
「ポルシェでも100万台つくれば1台200万円。カローラでも10台しかつくらないとすると1台1億円になる」は笑い話ではありません。

 シネレンズが高価になると同時に、どんどん大型で重くなるのも困ったことで、スタジオ撮影で使う分には容認できても、ロケに持ち出すのはいやになります。

 先頃、日光の紅葉ロケにソニーF65とソニー製のPLマウントレンズを6本セットで使いましたが、レンズボックスが20kg以上の重さになり、車から撮影場所へ運ぶのも一苦労でした(写真2)


 藝大映画研究科では、ツァイスハイスピード、レッド、ソニーαシリーズのPLマウントセットが使われています。各レンズはフォーカス送りをするために、鏡胴にギアを組み込み、ヘリコイドピッチを緩やかにして精密なピント合わせができるようになっています。するとレンズがどんどん太くなり、フォーカスリングの回転距離が大きくなりますから、フォローフォーカスが必要になり、マットボックスも大型化します。

 カメラの上にはモニターを乗せます。すべてを組み上げると、F65では三脚に持ち上げるのも二人掛かりです。ブラックマジックポケットカメラでもリグを組みますから、なんのために小型カメラを使うのか理解に苦しみます(写真3)


 現代のレンズは、シネ用、スチル用、を問わず「F5.6に絞れば、区別がつかない」のは繰り返し述べてきました。爺は齢ですから、小型で軽量のレンズを選び、迷信より制作予算によってレンズを選びます。読者諸氏はいかがでしょうか?

各社50mm横断テスト

 さて本題。撮影条件は以下のとおりです。

撮影日:2016年11月8日
天候:晴れだが薄い雲あり
撮影カメラ:NEX-7[No.0065178] 
共通データ:      
・感度100
・ホワイトバランス 晴天日陰 
・各レンズのF2.8絞り目盛通り
・露出計の表示より1/3絞り絞り込み
・撮影距離;ニッコール50mmの目盛2m、全てのレンズは拡大フォーカスでピントチェック
・フォーカス位置は、ハイビスカスの花
・前ボケはブーゲンビリアの葉、薄いグリーン
・後ボケはフェンス、ベージュの混じったグレー
・壁の色は薄いクリーム、植木鉢はアイボリー
・道路の縁石は白、舗装はアスファルトの黒
・後のハイライトはバイクのバックミラー

 JPEGのFINEで撮影し、レノボのノートPC(ThinkPad)で見ていますが、キャリブレーションはしていません。パナソニックのPCでは違った色に見えますが、HD編集所のマスターモニターでも、3台並べると全部色が違うので、対策はありません。編集所で「どれがマスモニ?」と聞きますが、「荒木さんの好みの色のモニターを見てください」と言われるのが現状です。

ニッコール(NIKKOR)50mm F1.4 

基準のニッコール。色再現は正確。言われるほど二線ボケの傾向はなく、うるさいボケではない。花の内部や汚れも正確に再現する。ハイライトのボケも丸く素直。画像下の部分アップは、オリジナルの解像度のまま切り出したもので、以下のテスト画像も同様

アンジェニュー(ANGENIEUX)50mm F1.5  

APS-Cセンサーをカバーしない。M4/3はカバーする。明るめの描写。周辺光量は落ちるが不快ではない。花の描写は見事

クック アイボタール(IVOTAL)2inch F1.4

APS-Cセンサーをほとんどカバーする。ニッコールに似た描写で、花も見事に解像する

シュナイダー シネクセノン(CINE-XENON)50mm F2

APS-Cセンサーはカバーしない。イメージサークルはアンジェニューより小さい。花の解像力は抜群

クック スピードパンクロ(SPEED PANCHO)50mm F2

建物の壁はニッコールに比べて白い。花の描写は爽やかで見事

クック キネタール(KINETAL)50mm F1.8 

経年変化のせいかスピードパンクロに比べて黄色い。それが逆に落ち着いた描写に見える。16mm用でもAPS-Cセンサーを完全にカバーする。花の描写は凄味がある

ボシュロム バルター(BALTAR)50mm F2.3

色の偏りがなく、非常にニュートラル。シリーズテストではセピアに再現されたが、この条件ではニュートラルに描写した。花のピントの切れには脱帽

フジ シネフジノン(CINE-FUJINON)50mm F2

バルターと似てニュートラル。画面周辺は流れる傾向だが嫌味ではない。花の描写は見事

シュナイダー シネクセノン(CINE-XENON)50mm F2

少々、セピア気味。シリーズテストとは傾向が異なったが、天候やカメラセッティングの違いか。花の描写は見事

ツァイス プラナー(PLANAR)50mm F2

これがツァイスの爽やかなシアン描写。高コントラストの真骨頂が発揮された撮影条件か

無名50mm F2.8 

F2.8開放のせいか甘い描写。葉脈や花のディテールにピントが合っていない。4Kでは無理だが、写真のボケ玉ファンにはアピールする?

参考レンズ

・キヤノン(FD MACRO)50mm F3.5

マクロレンズだけにF3.5開放でも見事な描写。花弁とメシベの描き分けも抜群。これぞ開放から使えるレンズ。設計の古さなど微塵も感じない
  

・クック シネマレンズ(CINEMA LENS)47mm F2.5

コントラストが低目で、柔らかな描写だが良い感じ。焦点距離が少し短いので、高倍率の比較は適当ではないが、花の描写は50mmに比べて甘い

・アンジェニュー(ANGENIEUX)50mm F0.95

改造型で焦点距離が延びているため、他のレンズと同列で比較できないが、ボケ量は多く、ハイライトのボケも歪む。どこを見ても、水彩画、パステル画のような描写。色彩もセピアに偏るが、ファンには垂涎のレンズ

総括

 50mmは各社の看板レンズです。無名50mm F2.8、アンジェニュー50mm F0.95を除くと顕著な差はありません。

 ボケはどのレンズも極めて素直です。F.2.8では絞り羽根の枚数によるボケの形も判別できません。経年変化したレンズの色彩の差が目立つのは避けられません。どちらかと言えば、16mm用のレンズのほうが花の解像力が高いように感じます。

 撮影日の天候とカメラセッティングによって、シリーズでテストした結果と違う色彩や描写になるレンズもありました。この点でも「1回のテストでレンズを評価するのは適当でない」と、爺は思います。

 また、明るいレンズを少し絞ったほうが性能が向上するのがわかります。酷使されても安定した性能を発揮してきたからこそ、「淘汰されて現在でも生き残っているレンズ群」と言えましょう。テストした50mmはすべてオールドレンズです。

 さて、最初の命題。シネレンズとスチル用のレンズの違いがわかりますか。

 基準のニッコールはスチル用ですし、爺が花の描写が最高だと感じたのはキヤノンFDで、これもスチル用です。F2.8ですら、この結果ですから、F5.6に絞ったら、さらに差は小さくなるのは自明の理です。

 もう一度お尋ねします。「それでも迷信にとらわれますか?」


荒木 泰晴

About 荒木 泰晴

 1948年9月30日生まれ。株式会社バンリ代表取締役を務める映像制作プロデューサー。16mmフィルム トライアル ルーム代表ほか、日本映画テレビ技術協会評議員も務める。東京綜合写真専門学校報道写真科卒。つくば国際科学技術博覧会「EXPO’85」を初め、数多くの博覧会、科学館、展示館などの大型映像を手掛ける。近年では自主制作「オーロラ4K 3D取材」において、カメラ間隔30mでのオーロラ3D撮影実証テストなども行う。

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