Avid Media Composer Ver.8.5〜HDR対応に加え、操作性の改良やパフォーマンスの向上を実現
2016年2月、Avid Technology(以下、Avid)からノンリニア編集ソフトウェアMedia Composer(以下、MC)のメジャーアップデート版Ver.8.5がリリースされた。MCは、これまでのアップデートによって、4Kメディア対応、編集フレームサイズのフリー化など、ソフトウェア内部のしくみを大きく変えるようなバージョンアップが加えられてきた。
今回のアップデートでは、メニューコマンドの再構成や可変ビデオメモリーの導入など、編集作業の行いやすさやパフォーマンスの向上に関わる改良が加えられている。さらに、4K関連では、いよいよHDRメディアの編集機能が搭載された(図1)。
本レビューでは、MC8.5の新機能、ファームウェアのバージョンアップによって、さらに完成度が上がったArtist|DNxIO、そしていち早く4Kコンテンツの制作をスタートした地方の地上波放送局の取り組みを2回に分けて紹介する。
本レビュー執筆にあたり、アビッドテクノロジーのデモルームにてMC8.5の新機能についてレクチャーをしていただいたいた。 なお、デモルームのマシーンは、HP z840(CPU;Xeon 2.6GHz×2、メモリー;64Gバイト)/ OS;Windows8.1Pro、レビューで使用した筆者のマシーンは、HP z820(CPU;Xeon 2.7GHz×2、メモリー;48Gバイト)/ OS;Windows7となっている。
メニューコマンド体系の再構成
MC8.5を起動し、真っ先に気が付く…というより驚かされるのが、このメニューコマンドの大移動だ。今回、すべてのメニューコマンドに対し、それぞれのコマンドがもつ意味から、コマンドのメニューポジションに見直しが行われた。
たとえば、”デジタルカット” コマンドは、[ファイル|アウトプット|デジタルカット]に移動している(図2左)。
この “アウトプット” 項目には、”デジタルカット” のほか、”デバイスへエクスポート”、”AMAファイルエクスポート” など、アプリケーションから外へ出力するすべてのコマンドが集められている。
”アウトプット”項目の上には “インプット” 項目が置かれ、アプリケーションへデータを読み込むインポートコマンドや、メディアへリンクコマンドが集められている(図2右)。なお、この “メディアへリンクコマンド” は、前バージョンからさらに改良が加わり、”Autodetect” オプションによって自動リンクするメディアが増えた。
このように全部で200近いコマンドのポジションが変更され、コマンド体系が一新された。主要なショートカットコマンドのキーボード操作は変わっていないが、キーボードに色々なメニューコマンドをアサインしているユーザーは、コマンドの挙動を確認しておくとよいだろう。変更が加えられたコマンドの新旧対応は、MC8.5のWhat’s newドキュメントを参照のこと。
ビデオメモリーとビデオフレームキャッシュの設定
MC8.5には、再生パフォーマンスが飛躍的に向上する機能が追加された。それがビデオメモリーとビデオフレームキャッシュの設定だ。
MCは編集中のシーケンス再生をスムーズにするため、タイムラインにロードしたシーケンスの映像フレームをメモリーに蓄積(キャッシュ)する。今回のアップデートでは、映像フレームを蓄積するメモリー容量をユーザーが可変できるようになった。
ビデオメモリーの設定を変更するには、プロジェクトウィンドウの設定タブからメディアキャッシュ設定をクリック、オープンしたダイアログからビデオメモリータブを選択する(図3)。
ビデオメモリーはダイアログのスライダーで設定する。初期値は2Gバイトだ。編集マシーンの実搭載メモリー量に応じて変更する。ビデオメモリーの設定を変更すると、パフォーマンスメーターのメモリー使用量グラフがグンと変わることが確認できる(図4)。
最近のマシーンは、たくさんのメモリーを搭載できるものが多い。ビデオメモリー設定はアプリケーションが普段使っていない、いわば “余剰” メモリーを編集パフォーマンスのアップに寄与させる機能といえるだろう。
ダイアログ下部にある、”Enable Interactive Video Frame Cache” スイッチをオンにすると、最新のビデオフレームが常にキャッシュされるようになる(図3参照)。
この設定をオンにすれば、たとえばシーケンスの再生中、ポジションインジケーターが、未レンダリングエフェクトが掛けられた箇所で再生がスムーズに行かなくなったとき、いったん再生を止め、何回か同じ箇所の再生をやり直すと、ポジションインジケーター周辺のフレームがメモリーにレンダリングしながらキャッシュされ、再生がスムーズに行われるようになる。
このビデオメモリー機能によって、システム搭載メモリー量とシステムパフォーマンスに明確な比例関係が成立するようになった。資料によると、MC8.5が快適に動作するシステムの最適メモリー搭載量は32Gバイトだ。これからMCシステムを購入する担当者は、ビデオメモリーを念頭に置いて搭載メモリー容量を決めるとよいだろう。
64オーディオボイスサポートとミキサーツールの改良
今回のバージョンアップではオーディオ関連にいくつかのバージョンアップが施されている。その1つが、このシーケンス当たりのオーディオトラック数が最高64ボイス(同時発音可能)に拡張されたことだ(図5)。
最近はマルチ収録などによって、1クリップが含むオーディオトラック数は増大傾向にある。これまでは、シーケンスがたかだか20トラックちょっとしかオーディオトラックをもてなかったので、オーディオのトラック配分にいつも苦労してきた。なので、この機能強化はとてもありがたい。
ここで64ボイスというのは、シーケンスに作成可能なトラック数が、モノラルトラックなら最高64トラック、ステレオトラックなら最高32トラックまでシーケンスに作成可能であることを意味する。
また、オーディオトラックの増加に伴って、ミキサーツールのインターフェースにも変更が加えられている(図6)。
新しいオーディオミキサーツールでは、トラックの表示/非表示は、ミキサー左部のスイッチオン/オフで、またミキサーツールの各パーツの表示/非表示もパーツの左にあるトライアングルのクリックで簡単に行えるようになっている(図7)。
オーディオ波形解析によるグループクリップ作成
オーディオに関連するもう一つの便利な新機能は、オーディオ波形解析によるグループクリップ作成機能だ(図8)。
まずは、この機能を使ってグループクリップを作成してみた結果を見てほしい。サンプルは、クリップ長30分の6カメスタジオマルチ収録素材だ。
同期の結果がわかるよう、図9左は、グループクリップ化したクリップから、各ソースのオーディオをマッチフレームによって呼び出し、同一シーケンスのトラックに展開してみたものだ。
このサンプルでは、ミックスオーディオ、出演者オンリー、グループミックスなど、かならずしもオーディオ内容が一致していないオーディオソースのマルチクリップから正しくグループクリップが作成できることが確認できた(図9右)。反面、これは無理もないが、トラックに長時間の無音が含まれるクリップは正しいタイミングでグループクリップ化することができないということもわかった(図10)。
オーディオ解析の状態を詳しく紹介しよう。
ビンウィンドウ上で、グループ化したいクリップを全て選び、このコマンドを実行すると、オーディオ波形の解析作業がスタートする。今回のサンプルでは解析作業が完了しグループクリップが作成されるまで約6分程要した。
このオーディオ波形の解析に要する時間とメモリーの使用量は、グループクリップ化するクリップのオーディオトラック数に依存するようだ。というのも、今回のテストに使ったクリップはどれもオーディオ8トラックを含んでいた。当初これらクリップをそのままグループクリップの波形解析にかけたところ、解析時間に1時間近くかかったあげく、エラーが発生しグループクリップ作成が行えなかった。上のサンプルは、8トラックから2トラックをチョイスしたサブクリップを作成してグループクリップ化テストを行ったものだ。
このコマンドをすばやく正しく機能させるためには、グループクリップ化するクリップに共通のオーディオソーストラックをもたせるとよいだろう。
このオーディオ解析によるグループクリップ作成機能が追加されたおかげで、グループクリップ作成手順はかなり変わると感じられた。そこで、グループクリップ作成時、いつも悩んでいる筆者からリクエストを1つ。
グループクリップ作成オプションとして、たとえばソースTCとオーディオ波形解析というように、2つの条件を組み合わせてグループクリップが作成できるようにしてほしい。そうすればオーディオ解析が可能なクリップと不可能なクリップのグループクリップ化が簡単に行える。
編集インターフェースの改良
編集の操作性を向上するいくつかの改良が加えられている。それらをまとめて紹介しよう。
■クリップドラッグによるトラックの追加
セグメントモードで選択したクリップを上方へドラッグすると、自動的に新規トラックが追加されるようになった(図11)。
■ライブドラッギング
セグメントモードで選択したクリップをドラッグする際、クリップの内容を表示したままドラッギングが行えるようになった(図12)。
また、シングルローラートリムやダブルローラートリムではトリムクリップの内容を表示したままトリムすることができるようになった。
■シンクロック時のシングルトリム
シンクロックがオンになっている時のトリム表示に変更が加えられた。トリムを行うトラックのトリムローラーは黄色、トリムによって影響を受けるトラックのトリムポジションはグレーで表示される(図13)。このインターフェース改良でトリム開始前にトリムの影響を確認できるようになった。
筆者はタイムラインの編集操作について、1つリクエストがある。
クリップをオプションキーを押しながら上位のトラックにドラッグすると、クリップを複製できる。この機能は以前のバージョンアップで追加された機能だ。この操作は、オプション+ドラッグ中は他のキーコンビネーションを受け付けない。したがってドラッグ中のクリップをもとのクリップ位置にそろえようとすると複製が行えず、複製を行うにはクリップの複製先のスナップが行えない。
筆者がこの操作によってクリップを上位トラックにコピーしたいときは、下位トラックのクリップをベースに上位トラックのクリップにエフェクト処理を行いたい場合が多い。オプション+ドラッグ操作する場合は標準でスナップモードがオンになり、オリジナルクリップの上位へ正確にコピーできるようにしてほしいものだ。
そのほか、エフェクトパレットに分類表示ボタンが追加された(図14)。
HDR(High Dynamic Range=ハイダイナミックレンジ)編集機能の搭載
今回のアップデートで、最も注目度の高い新機能がHDR編集機能の搭載だ(図15)。先月(2016年2月23日)、都内でアビッドテクノロジー主催によるHDRセミナーが開催された。セミナーは、かなり広いホールで開催されたが、会場はこのHDR編集機能の情報を求めて多くのユーザーが詰めかけていた。
さて、HDR編集機能を紐解き始めると、そもそも「HDR映像とはなんぞや?」という根本的な問題に突き当たる。当然だ。だが、この話題は本レビューの範囲を越えてしまう。そこでここでは誤解を恐れず、HDRとは「映像の明部、暗部を鮮明に表示する仕掛け」と定義してしまおう。
初めてHDR映像を見た筆者は、その映像の美しさに息を呑み、HDRこそ、4Kコンテンツ普及の主要技術だと確信したが、HDR映像の録画レンジは、従来映像の録画レンジとまったく変わらない。これは一体どういうことか?
結論を言うと、HDR映像は、ログ(対数)圧縮されながらメディアに録画される。
ログ圧縮によって、暗部、明部、そして中域部のビット配分が変わり、限られた録画メディアの帯域を有効に使っている。
この圧縮の結果、HDR撮影された映像のダイナミックレンジが拡張され、HDR対応テレビで明るく鮮やかな映像が表示されることになる。
ちなみに現在のテレビ映像の輝度は最高100nits(ニット)に定められている。これがHDR対応テレビでは1000nits以上の表示が可能となる。なお現実世界において、ヒトが裸眼で知覚できる輝度の範囲は0〜15000nitsくらいと言われている。
話をMCに戻そう。今回、MCはHDRビデオの編集機能を搭載するにあたって、内部形式のメディアに精度とレンジを保つ、つぎのような変換処理が行われるようになった。
■S2.14log(Signed2.14 format)変換
MCに入力されたビデオ信号は、MCの内部処理形式として、入力信号 “0.0(=0%IRE)” が “0”、”1.0(=100%IRE)” が “1” となるよう、0〜1のレンジで正規化される。
この正規化変換はビット深度16ビットで行われ、上述の0%〜100%IREの範囲を14ビットで符号化(14log)し、残りの2ビットでHDRビデオの暗部”−2.0〜0.0(=−200%〜0%IRE)” と、明部 “1.0〜2.0(=100%〜200%IRE)” の符号化(S2)を行う(図16)。
言葉で説明するとわかりにくい。
そこでカラースペースがRec.2020の標準4K編集プロジェクトと、HDR編集用カラースペース(ここではRec.2020/Slog3)の4K編集プロジェクトで、同一のAMA対応メディアをリンクコマンドで読み込み、ソースのカラーレンジを確認すると図17、図18のようになる。
リンクコマンドで画像を読み込む場合、プロジェクトのカラースペース設定がとても重要になる。リンクコマンドはメディアを読み込む際、ソースのカラースペースとプロジェクトのカラースペース設定から、読み込んだ映像に自動的にカラースペース変換を掛けるので、かならずフォーマットタブのカラースペース設定を確認してから作業する必要がある。
それぞれのプロジェクトで読み込んだ同一ソースの波形を見比べてみると、明らかにHDR編集プロジェクトで読み込んだほうが、波形が狭まっていることがわかる(図18参照)。
MCのソースレコードモニター、外部モニターへの出力設定には、編集プロジェクトと異なるカラースペースをエミュレート表示する機能が追加されている(図19)。もしHDR編集時、カラースペースが自動変換された映像がとても眠く、編集しずらいと感じたら、これらモニターの表示カラースペースを変更するとよい(図20)。
今回のHDR対応をひとことで言い表すなら、”HDRソースを取り扱うためのフレームワークができた” という感じだ。今回のバージョンでは、MC単体でのHDRソースに対するグレーディングはまだ対応していない。精度の高いグレーディングを行いたいときは、MCと、FilmlightのBaselight Editions、あるいはBlackmagic DesignのDaVinci Resolveを組み合わせて使用することになる。
なお、Baselight EditionsはAVXでエフェクトライクな使用が行える。DaVinci ResolveはAAFあるいはMXFファイルレベルのグレーディングが可能だ。これらグレーディングアプリケーションについては、いずれ機会をあらためて紹介したい。
最後に注意を1つ。HDR編集を行う場合、プロジェクトのビット深度は10ビット以上でなくてはならない。したがってDNxHRコーデックを使用するときは、DNxHR HQXあるいはDNxHR 444をチョイスする必要がある。
発売:2016年2月4日
価格:http://www.avid.com/ja/media-composer/pricing#show-#WHAT-S-INCLUDED
・Media Composer サブスクリプション・ライセンス:
1年契約;¥6200/月(税別)
2年契約;¥11万2000/2年(税別)
3年契約;¥15万7000/3年(税別)
・Media Composer 永続ライセンス:¥16万2000(税別)
メーカー製品情報URL:http://www.avid.com/ja/media-composer
ディーラーリスト:http://connect.avid.com/reseller_locator_JP.html
Media Composer 30日間トライアル ダウンロードURL:http://apps.avid.com/media-composer-trial/JP/